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伊藤大輔 伊沢拓也選手インタビュー
伊藤大輔 伊沢拓也選手インタビュー「限られた時間で最高のパフォーマンスを」
- SUPER GTの魅力を教えてください。
伊藤 その疾走感は非常に魅力的です。
またレースでは、GT500クラスとGT300クラスという2つの速度差がある車が一緒に走るので、いかに相手を抜くかなどのドライバーの駆け引きも見応えがありますよ。
伊沢 GT300クラスにはベンツ、アウディ、ランボルギーニなど世界のスーパーカーが参戦しています。普段なら戦うことがない車同士が戦うのを観るのは非常に迫力がありますよ。色々な魅力があるのですが、1つのレース中に応援する対象が沢山あるのも特徴だと思います。例えばチーム、メーカー、ドライバーなど観る人の好みで自由に応援することができるんですよ。
- 今シーズン振り返ってみていかがでしたか?
伊沢 ぼくは相方のドライバーが小暮選手に変わり、絶対チャンピオンになるぞと意気込んでいました。初戦を優勝、そして3戦目まで良い流れで来ていたのですが、その後は残念ながらいろいろなトラブルが重なってしまい、ポイントが取れないレースが続いてしまいました。でも振り返ってみると、どのレースも速く走ることができたので、内容はとても濃いものだったと思っています。
伊藤 ぼくは「トムス」という名門のチームに移籍し、相方もイタリア人のカルダレッリ選手になりました。相方とは趣味や話題も合うし、最近の日本人が持っていない誠実さがあり、とても楽しくできた1年でした。ランキング的にはもっと上に行きたいのはありましたが、新しく移籍したチームで楽しみながらできたことを考えるといい1年でした。
- お二人がモータースポーツの道へ進まれたきっかけは何だったのでしょうか?
伊藤 学校のクラスメイトにF1好きな子がいて、F1中継を観るようになったことが始まりです。
鈴鹿サーキットでレーシングカーが走っているのを中学2年の時に直接観て、「これしかない」と確信しました。そして、高校生の頃にアルバイトで貯めたお金で中古のゴーカートを買ってこの世界に足を踏み入れました。ゴーカートを2年半ほどやり、次のステップを考えていた時にちょうど始まったのが鈴鹿サーキットレーシングスクールでした。
ぼくは第一期生でしたが、当時オートレースの学校はとても珍しかったですね。
スーパーGT 伊沢選手
 
スクールは鈴鹿サーキットやホンダが始めた学校なので信頼できたし、レースの感覚や能力を身につけるのに役に立ちました。
伊沢 この世界に入ったのは、小学校5年生の頃です。
今はありませんが多摩テック(モータースポーツをテーマにした遊園地)が好きだったことと、親父がF1好きということで自然とゴーカートを始めました。5年程カートをやって、17歳の時に伊藤大輔さんも入っていた鈴鹿サーキットレーシングスクールに入りました。スクールは結果を出せば、上に進めるシステムになっているのが良かったですね。ちなみにそのときの講師には大輔さんもいました。
- 伊沢選手は、フォーミュラ・ニッポン(現:全日本選手権スーパーフォーミュラ)とSUPER GTの両方で活躍されていますが、異なる車を操る難しさはありませんか?
伊沢 そうですね。SUPER GTは周りを車体で囲われていますが、フォーミュラカーは頭が出ているので風圧を直接感じます。ハンドルの重さもまったく違うし、2つを比べると全く違いすぎて逆に乗り換えは気にはなりません。それに1年間のレースで走る量が増え、技術を実践で磨くことができるのがいいですね。
伊藤 僕は両方のレースに出てる伊沢がうらやましいですね。
今のSUPER GTはレース以外のテストも少ないので、2つのレースに出てる選手とは走行時間が全然違います。実際に車に乗って、レースに出ること自体が僕たちにとって一番いいトレーニングになるんですが、それが十分にできない状況なんです。モータースポーツは、スポーツの世界の中でも一番リアルな練習ができないスポーツだと思うんです。
伊沢選手
 
伊藤選手
 
- リアルな練習ができないとはどういうことなのでしょうか?
伊藤 レースは走行時間、距離の短いものもあれば、長いものもあって、瞬発力が必要なものから持久力が必要になるものまで色々な要素があります。だから、毎回決まったトレーニングをしているわけではないんですよ。 それに、レース中にかかる重力を練習で同じ時間再現することができません。 だから僕はトレーナーと一緒にいつも試行錯誤しながらメニューを作っています。
伊沢 大輔さんの言ったとおりレースの辛さをトレーニングで表現するのは、非常に難しいんですよ。今の自分に何が足りないのかを暑さなどの季節的な要因やそのときの状況に応じて対処していくことが必要なんです。 例えば、フォーミュラカーは、SUPER GTに比べてハンドルが重くなるのでパワーが必要になってきますが、レースでは持久力も求められます。持久力とパワーは正反対の力なので、どのようにバランスをとるかが非常に大切です。
伊藤 ただ、実はレーシングドライバーがトレーニングをするようになったのは最近のことなんですよ。昔は「トレーニングなんかしなくても走れる!」みたいに感覚が重視されていました。それに昔はトレーニングをする暇がないくらいテスト走行が多かったですからね。最近ですよ、限られた時間の中で最高のパフォーマンスを出すという意味でトレーニングが美化されるようになってきたのは(笑)。
伊沢 正解がないのは本当に大変です。年ごとにテーマを決めて今年は体幹、次は瞬発系を、などと色々と試しながらやっていますよ。 伊藤 伊沢の言う通り、本当に難しいんですよ。リアルなトレーニングができないがゆえに、これだというトレーニングを探すのが難しい。
伊沢 レース中でいうと、ぼくは心拍数が常に170〜180になります。それだけ体への負荷はすごいんです。これを一定時間継続的にトレーニングで再現するのは本当に難しい。
伊藤 夏場だと心拍数が190くらいのまま1時間くらいレースをすることもあります。それをトレーニングでやろうとするとランニングや自転車などを使えば瞬間的には可能かもしれませんが、1時間となるととても不可能です。運動だけではない操作に要する集中力や緊張感の部分もありますしね。 暑いと言えば、今年の夏は特に暑く、レース後に担架で医務室に運ばれたこともありました。
伊沢 本当に今年の夏は暑かったですね。夏場に鈴鹿1000kmという約6時間走り続けるレースがあるのですが、スーツとヘルメットを着用して40〜50度の車内でレースをしなくてはいけないんです。
「暑いので、外で遊ばないでください」と放送が流れているような中、僕らはレース。本当に過酷でした(笑)。
伊藤 もう1人のドライバーと1時間毎に交代といっても、車から降りて状況報告で約10分、着替えたり栄養補給で10分、交代の15分前にはピットでスタンバイとなるので、まともにリラックスできるのは正味20分程度なんです。 その短い間でどれだけ体をリラックスさせることができるかが重要で、レーサーにとってリカバリー速度はとても大切なんです。だから、特に今年は超音波治療器に助けられました。
- 治療器はどのように使われているのですか?
伊藤 僕の場合、レース中に車に乗っていて辛くなるのは背中、腰など体幹に関係する部分や首に負担がかかることでの肩周り、肩甲骨周りです。 微妙なアクセルコントロールが求められるので、ハムストリングが硬くなってしまい、それによって腰、背中が引っ張られてしまう。また首に負荷がかかり、肩が引っ張られてしまう。肩〜ハムまでの一連の筋肉が硬まってしまうのが、僕のベーシックな疲労の度合いなんです。去年は、僕が信頼しているマッサージ師に来てもらいましたが、短い時間で人の手でもみほぐしきるのはなかなか難しい。仮にできたとしても、その部位に外部から力が加わってしまうことで、疲労がどうしても残ってしまっていたんです。 マッサージに変わるものを探していたときに、たまたま出会ったのが超音波治療器でした。超音波であれば1箇所に対して、3〜5分あればスッキリします。特に気になる部位を20分程度治療してもらい今年の鈴鹿1000kmをやりきりました。外部の力がかからずに、患部のコリをほぐしてくれるのが非常に魅力的です。
伊沢 僕はたまたま友人が医療機器メーカーに勤めていて治療器を知ったのですが、それまでは自分で自分の体をケアするという考えがありませんでした。ハンディタイプの超音波治療器を愛用するようになってからは、フォーミュラ・ニッポンのレース前によく使うようにしています。フォーミュラ・ニッポンの方は体が出ている分、SUPER GTに比べてさらに重力がかかりやすく、筋肉的な疲労が非常に大きいんです。もちろんトレーナーさんに帯同してもらいマッサージをしてもらうのですが、それだけでは取りにくいところがあったりします。
超音波治療器で寝る前に気になるところを治療したり、試合前にこわばった筋肉を緩めたりします。
特に寒い時期に脚がこわばりやすいので、温めるためにも使わせてもらっています。それと家でも自分で張っている箇所のコンディショニングケアができるのがいいです。必要なときに、自分のタイミングでケアできるのでとても重宝しています。
伊藤大輔 伊沢拓也選手インタビュー

- 治療器を使ってのエピソードなどあったらお聞かせください。
伊沢 特にフォーミュラ・ニッポンですが、僕は冬場レース前にしっかりとウォーミングアップしても、どうしても足をつることが多かったんです。でも、超音波治療器を導入してからは足がつらなくなりました。それとやっぱり治療器を持っているという安心感ですね。あと人が持っていないものをもっている優越感もあります(笑)。 伊藤 治療器を紹介された当初は「怪しいな。本当に効果があるのかな?」と疑っていたんですが、デモンストレーションで治療してみたら一気に張りがとれてびっくりしました。 それからはレースでも使いたいと思うようになりました。レースでは知らないうちに体が緊張していたり、サーキットに行くとなかなか体をほぐす場所がなかったりします。普段の自分のパフォーマンスを発揮できない場合が多かったので、超音波治療器は本当に重宝しています。レースに限らず、普段から使うのは小型の微弱電流ですね。肩凝りなど違和感が残っていると頭痛になったりするのですが、それが嫌で始めました。微弱電流で一晩治療するとすっきりしていますよ。
- 最後に今後の目標について一言お願いします。
伊沢 僕は去年も今年も優勝はあるが、チャンピオンになっていないのでチャンピオンになることです。あとはこれからレースのレギュレーションなど色々な変化があるので、国内だけでなく、海外も含め沢山の可能性を探っていきたいです。 伊藤 来年こそは勝って、今のチームでもチャンピオンになりたいですね。 僕は今38歳ですが、これからも出来る限り長く、若い人たちと闘っていきたいと思っています。そのためにもしっかりとトレーニングを積んで、アスリートとしてパフォーマンスの維持・向上に努めたいと思います。
SEIBUプリンセスラビッツのチームメイト

伊藤大輔 (いとう・だいすけ)

1996年フォーミュラ・トヨタで四輪レースデビュー。
97年全日本F3選手権にステップアップし、98年及び99年にはマカオグランプリにも参戦し、日本人ドライバーとして初めて3位表彰台に上った。02年には全日本選手権フォーミュラ・ニッポンにステップアップ。2000年から参戦しているGTでは07年、ARTAから参戦し3勝、自身初そしてホンダにとってJGTC時代以来となるシリーズチャンピオンのタイトルを獲得。翌08年、トヨタ陣営に移籍し、12年に移籍後初の優勝を飾っている。

伊藤大輔(レーシングドライバー)オフィシャルブログ

SEIBUプリンセスラビッツのチームメイト

伊沢拓也 (いざわ・たくや)

1996年カートレースでデビュー。
98年全日本カート選手権に参戦。02年には、日本で初の限定A級ライセンスを日本自動車連盟(JAF)から発給され、シリーズ5位の実績を残した。04年と05年は、フォーミュラ・ドリームにフル参戦。06年、戸田幸男監督に誘われ、全日本F3選手権で、2度勝利を挙げる。2012年フォーミュラ・ニッポンでは開幕戦鈴鹿でポールポジションを獲得、第6戦菅生では念願の初優勝を飾る。最終戦鈴鹿第1レースやJAFグランプリも制すなど活躍し、ドライバーズランキング3位と大躍進を遂げた。

レーシングドライバー 伊沢拓也 公式サイト

 
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